1. はじめに
私は、2007年4月に株式会社ロックオンに入社して以降、一貫して「ADEBiS」の開発に従事してきました。かれこれ約7年間、このアドテク業界に身を委ねていることになります。
アクセス解析と広告効果測定の違いについて説明をしていた2007年頃の私は、「アドテク業界」なる言葉がナウなヤングにシブくバカウケな2014年を想像もできませんでした。
時代の移り変わりも早く、Hadoopなんて今や当たり前、最近ではHBaseとの併用も目立つそうで、付いて行くのにやっとです。
しかし、新しいものがすぐ古くなる時代だからこそ、本質を見失ってはならないと自分を戒める日々です。
例えば「広告効果とは何か?」と問われて、思わずどう伝えれば良いかと悩む瞬間、本質を見失って仕事をしていないかと悩んでしまいます。
一般的な考え方として、広告を「情報伝播活動」とするならば、効果とは「送り手の意図または目標志向性から見た広告の効き目」だと定義できます。
つまり端的に言えば、伝えたいことがちゃんと伝われば、広告効果があったと言えると私は考えています。
では、その「効き目」を定量的に示すとなれば何が良いでしょうか。
2つのKPIが真っ先に思い浮かびます。1つは「売上」であり、もう1つは「態度変容」です。
何れも、WEB上ではある程度の仮説を前提に計測可能であり、例えばADEBiSでは1つ目は直接効果測定を、2つ目はコンバージョン属性情報を用いれば定量的に示すことができます。
ところで、この返答が満点の解答と言えるのでしょうか。
なぜならば本質とは時代を超えても不変の価値観です。であるならば、インターネットが無い1995年以前にそのまま合致するとは思えないからです。
インターネット誕生前の広告は、どのようにその効果を測定していたというのでしょう?また、その手法の根幹となる理論はどのように構築されたのでしょう?
私が悩んでいたとき、それを知るには50年以上も前である1961年に発刊された「目標による広告管理」にヒントが隠されている、と教えてくれた方がいました。
「目標による広告管理」は原著書名英文の頭文字を取って通称「ダグマー」と呼ばれており、広告業界では誰もが知っている内容だそうで、アドが付く業界にいながら大変な恥をかいてしまいました…。
広告効果測定の歴史は、「ダグマー」以前/以後で分かれるといっても過言ではない、と言われているそうです。
そこで今回は、ダグマー以前と以後で何が変わったのかを明らかにしながら、「広告効果とは何か?」について考えたいと思います。
2. ダグマー以前の広告効果測定
ダグマー以前の広告効果測定の考え方や理論は、主として広告費投入に対する売上向上の動きを測定することに注力されていました。なぜなら、広告に期待されていることは、商品を広く知らしめ、商品を売るためだったからです。
具体的な分析手法として、回帰分析などを用いて広告費と売上高の相関を導き出すことに注力されていました。
今から60年以上も前から、すでに広告「効果」に対する主流の考え方は、広告費、広告量や販売に関する結果の変数(売上高、売上量、シェア、購入経験率など)との関連を明らかにしようとするものだったことは、今を生きる私にとって驚きです。
つまり60年以上前も、今と変わらない考え方によって、ものさしを使い、効果を測ろうとしていたのです。(もっとも冷静に考えれば、広告に期待されていることが今と変わりようが無いので、効果測定の考え方も変わりようがありませんが…)
では、どのような「ものさし」を使っていたのでしょうか。
例えば、ドーフマン・スタイナーが発案した、時間要素を導入したモデル。
これは、広告活動を一切行わない場合の販売数量の減少率を減退定数(λ)、広告活動によってもたらされる販売数量の上限を飽和水準(Μ)、広告費1に対する販売数量を反応定数(γ)とそれぞれ定義して、この3つのパラメータで成り立つ広告費と販売数量の関係から広告効果を導き出します。
他にも、オランダの計量経済学者であるコイックが発案した分布ラグ。これは、過去に支出された全ての広告費が売上に影響を与えていて、その影響は時間の影響とともに幾何級数的に逓減している仮定に立つ計算式です。(複雑なので仔細は割愛します)
これなんかは、アトリビューションの概念に近いかもしれません。
さらに、この分布ラグをもとに100件以上の実例に照らし合わせて分析を行い、その結果を「The Measurement of Cumulative Advertising Effects」という論文で発表したパルダのパルダ・モデル。(上に同じく複雑なので仔細は割愛します)
これは、上記の分布ラグをさらに進化させた計算式で、現在でもネット以外の4マス媒体の効果測定をする際に用いられる手法だそうです。
ちなみに、このような小難しい計算式を用いなくても、以下図のように広告効果を簡単に表す考えもあります。
マトリクスの枠の中で、広告を見て商品やサービスを購入した人の割合が広告効果を示すことになるわけです。例えば、本間弘光氏の提唱したPFAなどの方式で広告効果が測れるとされています。
こうした広告費と売上との関係を軽量化して、広告効果測定を検討する方法は現在も発展し続けています。
しかしこれらの全ては、あくまで相関関係の中から「因果関係らしきもの」を見つけ出す壮大なジャーニーであり、「本当に広告効果があったと言えるのか?」という論争は常に付き纏っていました。
いわゆる錯誤相関ではないかという指摘です。(参照:今さら人に聞けない「相関関係」と「因果関係」の違い)。
今のようにブラウザにCookieを付与して、どの広告経由で何が買われたかなど測りようの無い時代です。ましてや「広告単位での売上」の計測など、測りようのない時代でした。(ラプラスの悪魔でもない限り)
できることは、広告費全体から俯瞰して売り上げ全体との繋がりを見出すこと。そして、その相関関係が見出せても、「本当に広告を見たからなのか?」を証明するには至らなかったはずです。もはや、神学論争の域でした。
インターネットの時代になって、インターネット広告においては、こうした全量を用いた測定手法だけでなく、広告単位で「効果=売上」を図れるようになりました。
数学者であるコイックは、様々なモデルを考えて何とか実態に近付けようと努力していたそうですから、今の時代に蘇れば、目を剥いて驚かれることでしょう。
3. ダグマー以降の広告効果測定
「目標による広告管理」(以降、ダグマー)が広告業界、とりわけ測定観点を変えました。
「ダグマー」の中で、著書のコーレイは、下の図のように「知っている」「理解している」「確信している」というコミュニケーションスペクトルによって広告効果を測っていこうという考え方を示しました。
つまり、広告(費)の効果は売上で見ない、という革新的な「ものさし」が誕生したわけです。
これは、当時の人々にとってコペルニクス的転回でした。
「何のために広告を出すのか?」と問われて「商品を売るためさ」と答えていた群衆に、「それは広告の役割か?」と問い直したのが「ダグマー」であり、それを書いたコーレイでした。
もう少し、詳細に説明していきます。
「ダグマー」では、広告の役割は「純粋かつ単純に、限られたオーディエンスに行動を刺激する情報とムードを伝達すること」であり、「適切な人に、適切な時に、適切なコストで、希望する情報と態度をいかに伝達するかについて考える」ことが大事である、と説かれています。
つまり、「商品を売ること(商品が売れる状態にすること)」はマーケティングの役割である、と定義したのです。
そのうえで、広告に関して言えば、広告目標(効果)はコミュニケーション領域に限定し、キャンペーンの結果は、この目標との対比で評価しようということです。
だからこそ、目的設定の重要性を説きます。
というのも、目的が明確になれば目標が定まるからで、例えば「夏休みまでに腹筋をEXILEみたいに割る」という目的のために、1日腹筋100回という目標が生まれます。
そして、広告効果を測るという作業は、目標達成進捗を測るということに他ならないため、目的も明確で無いままに測定することは事実上不可能である、と説かれています。
この本の邦題が「目標による広告管理」なのも、最初の1章のタイトルが「目的の力」とあるのも、全てが前後関係を踏まえた目的と目標の力がいかに重要かを説くためだと言えます。
「ダグマー」に準拠すれば、もしAという商品を顧客に買って貰うためのマーケティングがあるならば、広告の役割は「商品Aを欲している人(或いは必要としている人)に、それを最も感じる瞬間に、適切なコストを支払い、商品の素晴らしさを伝えること」となります。
従って昔ならばどの媒体を選ぶか、今ならオーディエンス情報を駆使してどれほどのインプレッションを数えるかが重要であり、広告単体と売上そのものの効果は、「それ(売上)自体は広告の目標では無いため測っても意味が無い」となるのではないかと考えます。
ただし、インターネットの時代になっても、ユーザーの心理状況が「知っている」から「理解」のフェーズに移行したかは計測のしようがなく、主観的に見ざるを得ない点があります。
4. おわりに
「広告効果とは何か?」とは、すなわち「何をもって広告効果とするか?」と同義語だということがよく解りました。
その意味において、ダグマー以前の「売上」という観点も、ダグマー以降の「適切な人に、適切な時に、適切なコストで、行動を刺激する情報とムードを伝達すること」という観点も、どちらも正しいと私は感じました。学術的な裏付けされた理論に沿って考えるならば、そのどちらも筋が通っていると感じるからです。
また、広告効果測定とは何かという問いに対する私の「1つは売上であり、もう1つは態度変容」という返答もあながち間違ってはいなかったようです。(現在語られている態度変容が、ダグマーに書かれたコミュニケーションスペクトルと同義かは議論が必要でしょうが)
ただし、その背景や成り立ちの理解が不足しているため、上辺だけの理解に留まっていました。満点ではなく、60点スレスレといったところでしょうか。
21世紀はデジタルの時代です。様々な手法の発達によって、インターネット広告だけでなく、様々な広告が高価測定可能な状況になってきています。
「売上との因果関係」はもちろん、ダグマーによって説かれた「適切な人、適切な時、適切なコスト、適切な内容」の広告の配信具合も、見えるようになってきました。
しかし忘れてはならないのは、見えるようになってから、どうマネジメントしていくかーすなわち、どう運用して、成果をあげ続けるか、だと私は考えます。効果を上げるのは簡単ですが、効果を上げ続けることはとても難しいと思うからです。
そのための手法として、結果に対して数学的発想で内容を分解し分析する「統計学」という手法を、今年度もこの研究所にて披露し続けていく所存です。
どうぞ、よろしくお願いいたします!!
【参考文献】
新しい広告効果測定/日経広告研究所/1991年5月1日
広告効果論/電通/2001年3月5日
ご興味のある方は、是非、お問い合わせください。