エンゲル係数29年ぶり高水準の背景~標本の罠~

 

2017年1月31日に総務省統計局から平成28年(2016年)12月分家計調査が発表され、エンゲル係数が12月は27.5%、2016年平均は25.8%になるらしく、29年ぶりの高水準だったことが分かりました。

29年前と言えば1988年、バブルな時代でしょうか。

この結果を受けて、主要メディアは全く趣旨の異なる報道を行いました。

 

物価上昇に収入追いつかず エンゲル係数“異常上昇”の仰天
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/198651

 

小売り「食」シフト エンゲル係数29年ぶり高水準
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO12134520V20C17A1TI1000/

 

同じ数字を並べても、日刊ゲンダイはアベノミクス批判、日経新聞は食シフトの発生と違うとらえ方をしています。どちらの見方が正しいのでしょうか?

マメ研は、エンゲル係数の数字を分析した結果、以下の結論に至りました。


1.消費支出が年々減っている。
2.物価上昇の影響で値段が上がっている。
3.中食について割合は上がっている。
4.標本が母集団を表しているとは言えなさそうなので「全体」に当てはめるのは待ちたい。

 

その理由と、この29年ぶり高水準の背景について深掘りしていきます。

 

そもそもエンゲル係数とは何ぞや?

家計の「消費支出」に占める「飲食費」の割合をエンゲル係数と言います。

ドイツの社会統計学者であるエルンスト・エンゲルが1857年の論文で発表したことをキッカケに生活水準を表す指標として定着しました。

なぜなら、飲食費はマズローの欲求で言うなら「生存欲求」に分類される、人間が生きていくうえで最も根源的な消費活動であり、極端な節約は困難だと言われるからです。

結果、エンゲル係数が高い≒飲食費が占める割合が高いほど生活水準が低い(食費以外に生活費を回す余裕が無い)と言われるようになりました。

ただし国単位の相対比較は意味がありません。総務省統計局「世界の統計2008」によると、各国のエンゲル係数はアメリカが19.3%、イギリスが24.9%、トルコが35.5%とバラバラです。

その理由として、その国の食事文化として外食が多いか、酒をよく飲むか、食材が安価か…などの複合要因が絡み合うからです。

 

日本ではエンゲル係数をどうやって求めるのか?

総務省が行っている統計の1つに「家計調査」があります。日本国内の家計の支出を通じて個人消費を捉えられる統計であり、この結果からエンゲル係数を求めています。

ちなみに調査方法は標本調査であり、全国約4,700万世帯から約9,000世帯を抽出して調査に協力してもらっているようです。

調査結果は以下にて公開されています。

 

家計調査(家計収支編)調査結果
http://www.stat.go.jp/data/kakei/longtime/index.htm#level

 

 

エンゲル係数の推移を見てみよう

2000年以降のデータであれば月別、それ以前の長期時系列は1963年以降のデータであれば年別の家計調査が公開されています。

とりあえず月別に見てみましょう。エンゲル係数は以下の通りです。

 

横軸メモリを20%からに設定
横軸メモリを20%からに設定

 

まず月単位で見てかなり乱高下していることが分かります。年間通して月の消費支出、食費が一定ということはあり得ないからです。とくに12月は1年間を通じてもっとも食費が嵩む月であることが統計結果から分かりました。

ちなみに2015年12月は2016年12月を上回る27.8%を記録しています。

そこで、12か月移動平均食費÷12か月移動平均消費支出で算出した結果を、赤点線でプロットしています。

こうして見ると、22~23%台を10年以上推移していたのに、2014年から上昇し始め、その年の12月には24%を、15年12月には25%を超えたことが分かります。

 

では、分母である消費支出による変動なのか、分子である食費による変動なのか見てみましょう。

 

消費支出推移
消費支出推移

 
食費
食費

 

推移を見ることが目的なので、消費支出のメモリは20万から始めています。

エンゲル係数が上昇し始めた2014年1月を起点とすると消費支出はマイナス9,000円の減少、食費はプラス4,000円の増加となります。

つまりエンゲル係数が上昇し始めた理由の1つに消費支出の減少が言えます。これは、すなわち可処分所得の減少と見なしても良いでしょう。

ちなみに消費支出は(※遡って調べると1997年から)減少し続けている(正確には12年~13年は増加)のに対して、食費は2000年当時の支出に戻りつつあるという見方をします。よって「食費の増加」と言うのは留保します。

 

食費推移(メモリ幅細かい版)
食費推移(メモリ幅細かい版)

 

こうして見ると2013年ごろからの食費上昇が「変」だと感じませんか。

日経新聞が報道するように、自炊から中食への変動があるからでしょうか?食費の内容をもう少し精査する必要があります。

 

きのう何食べた?変化があったジャンルは

食費の内訳は、穀類、魚介類、肉類、乳卵類、野菜・海藻、果物、油脂・調味料、菓子類、調理食品、飲料、酒類、外食の12個に分類されています。その詳細についてはコチラで紹介しています。

2014年1月と2016年12月の内訳を比較してみましょう。数値はいずれも12か月移動平均の結果です。

 

各食品別購入金額
各食品別購入金額

 

プラス4,000円のうち、もっとも多くを占めたのが「調理食品」です。いわゆる中食のジャンルですね。1,000円の伸びなので、この3年間の伸びの4分の1を占めていることになります。やはり「中食」加速の流れは間違いなさそうです。

これに肉類、野菜・海藻、乳卵類が続きます。

ただし、2013年以降に食品の相次ぐ値上げラッシュが続いたので、買う頻度が増えたからなのか、値上げが要因なのか、このデータからは分かりません。

Yahoo!ニュースに掲載された食料品の値上げに関する記事が過去にさかのぼって公開されているのですが、まぁ値上げが続いた数年間でした。

 

食料品の値上げに関連するアーカイブ一覧
http://news.yahoo.co.jp/list?t=food_price


 

日経新聞は「16年には値上げがひと段落した」と表現していますが、16年4月には塩、コーヒー、納豆、さらに”がりがり君”が値上げして全社員が謝罪したばかりで、なんや寝てたんか!という感じです。

値上がり感をつかむために、2015年基準消費者物価指数を見てみましょう。

全国年次で2013年~2016年の推移を比較すると、こんなに違います。差分を表現するため、指数のメモリ最下位を「85」に指定しています。ちなみに「都市階級・地方・大都市圏・都道府県庁所在市別中分類指数」というのもあるのですが、エクセルでポチポチやるの萎えました…。何とかならんのかRESAS。

 

2015年が100とした場合…
2015年が100とした場合…

 

やはりあの食費の増え具合は物価上昇を考慮しないといけないと思います。

これまでのデータだけを見ると「食費は削ってるけど物価が上がってきたからやむなく出費している」とも読めます。

 

そこで「消費水準指数」を見てみます。「消費支出から世帯人員及び世帯主の年齢、1か月の日数及び物価水準の変動の影響を取り除いて計算した指数」だそうです。

よく考えてみると、2人世帯と4人世帯だと、収入が一緒でも支出が同じとは限りません。冷蔵庫のサイズは同じでも、買う内容や量は変わるでしょう。

そうしたバラつきを慣らした数字だそうです。消費者物価指数で除して実質化しているようなので、先述した物価の動きについても複雑に考えずに済みそうです。その分、指数としては簡略化されていそうですが。

2000年以降の月毎の総合消費水準指数と、月毎エンゲル係数(12か月移動平均で慣らしていない)で散布図を作成してみました。

 
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キレイに右肩下がり相関関係が現れました。2層ありますが、出島みたく離れているのは各年の12月です。

総合消費水準指数が下がるたびにエンゲル係数が上がるのは、やはり食事が「最後の砦」だからなのかなぁと思います。(まさか疑似相関でもあるまい)

そこで次に2000年以降の年毎の総合消費水準指数と、年毎エンゲル係数で散布図を作成してみました。

 
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2013年~2015年にかけて、総合消費水準指数が落ちるにしたがってエンゲル係数が上昇しています。やはり「食」シフトというのは一面であって本質ではないように思うのです。

1つ気になるのは、総合消費水準指数が基本的に左側に移行しているのに、エンゲル係数が上昇しない2000年~2005年。食費を切り詰めてでも消費したかったことがあるようです。

…あ、PCとか携帯とかデジタルデバイスか…。

 

標本は適切か?という壮大な「ひっかけ問題」

ところで、家計調査って作業が大変のようです。半年間(単身世帯の場合は3か月)、家計簿ような帳簿をひたすら作り続けねばならないようです。

果たして、そのような作業を協力してくれる世帯ってどんな世帯や?と思いますよね。

一番最初のグラフに戻ってみましょう。

 

横軸メモリを20%からに設定
横軸メモリを20%からに設定

 

消費支出が月約30万ということは、非消費支出である税金を考えると実支出が約45~50万、となると年収は約600万程度がデータの中心なのではないかと考えます。

今、日本にそんな世帯がどれくらいいるんでしょうか。

厚生労働省が毎年発表している国民生活基礎調査の平成27年版が先ごろ発表され、その統計の中で所得金額階級別世帯数の相対度数分布が公表されました。

 
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427万が中央値なのですが、この家計調査に協力されている標本は、本当に母集団を表しているのでしょうか?

…つまり家計調査の標本は、全世帯を正確に反映したものなのかが極めて怪しいと感じています。少なくとも、この結果が「一般的」だと思えないのです。なんと壮大なひっかけ問題。

ちなみに麻生太郎財務大臣も家計調査の問題点は指摘していて「主に標本が高齢世帯に偏っているのでないか?」と問題提起しています。つまり「全体を表していない」というヤンワリとした批判ですね。

 

統計見直しで経済閣僚がバトル 麻生太郎財務相vs高市早苗総務相
http://www.sankei.com/economy/news/160928/ecn1609280044-n1.html

 

大切なことは、この「エンゲル係数」を何に使うのか?ですよね。

その目的に沿ったデータならばいいのですが「エンゲル係数が上がっているからアベノミクスはダメだー!」「中食産業有利だー!」というのは表層の議論ではないでしょうか。

政治家がもし何らかの政策的裏付けに用いるのであれば、「これは全体を表すのか?」とワンクッション置いて欲しいですね。

できるならば家計調査の簡略化(いまどき家計簿アプリとか一杯あるんだから)、そして経済対策に用いるのであれば年収200万~300万世帯のエンゲル係数を一度見て欲しいですね。

こういうことを提案する日本経済新聞になって欲しい。

 

ちなみに、数字的裏付けに使っている数字、例えば総合消費水準指数は調べてみると意外と批判されているらしくて、ちょっと本気で計量経済学を勉強しようと思うのです。

経済が分からない人は、マーケティングが分からない気がして…。

以上、お手数ですがよろしくお願いいたします。