モノが売れない時代。「インサイト」の考え方が私たちのマーケティングを変える~デコム大松孝弘様~

 

1970年生まれ、広告会社を経て2004年デコムを設立。インサイトやアイデア開発支援に関する著書、講演は、海外も含め多数。医薬品・食品・飲料・化粧品・日用品・通信・自動車・エレクトロニクス・メディアなどの領域において、心理学や文化人類学からのアプローチによる独自の調査手法で、アイデアとイノベーションを導きだしている。

 

 

 

インサイトリサーチのスペシャリスト・大松孝弘

 

 

 

[松本] 今回のゲストは、インサイトリサーチのスペシャリストである株式会社デコムの大松孝弘さんです。大松さんとは同じ大学院に通う同窓生です。今日はよろしくお願いします。

 

大松さんにインタビューをさせていただきたいと思ったのは、私がデータサイエンティストとして活動する中で、数字から仮説を導くことの難しさを日々痛感しているからです。ユーザーが取った行動は分かっても、なぜそんな行動をしたのかが分からない。

 

そのことにずっと悩んでいた頃に、大松さんがインサイトの話を授業でされていて「これだ!」と思ったのです。

 

[大松] なるほど。

 

[松本] 私が天啓を得たと感じた「インサイト」について説明していただく前に、まずは大松さんのことを詳しく教えてください。

 

 

 

 

[大松] 株式会社デコムという会社の代表を務めています大松孝弘です。会社は今年で13期目になります。創業から一貫して「インサイトリサーチによるアイデア開発支援」というサービスを、企業のマーケティング部門や研究開発部門の方に向けて提供しています。マーケティングのプロセスの中でも、主に上流工程(コンセプト開発)をお手伝いすることが多いです。

 

弊社には3つの技術があります。1つ目はインサイトリサーチの手法。2つ目はアイディエーションやコンセプト開発などを体系立てたプロセス。コンセプト開発って、ノリと勢いでワーワーやるだけじゃダメですから、目の前の既成概念をぶっ壊しながら体系立てて進めていくプロセスを提供しています。3つ目はデータサイエンス。仮説で終わらせるのではなく「本当にそうなんですか?」と定量的に確かめる技術とノウハウが社内に蓄積されています。

 

2006年にはインサイトリサーチに関する書籍としては日本初である「図解やさしくわかるインサイトマーケティング」という本を出版しました。2008年には韓国版出版記念として現地で講演を行っています。サムスンやヒュンダイなどの財閥系を中心としたコンセプト開発に携わる人たちが大勢居ましたね。韓国は感性工学の学会が日本より1年早くできるなど、人が何となく求めているようなものを明確にしていこうというモチベーションは高いのかもしれません。

 

 

図解やさしくわかるインサイトマーケティング (Series Marketing)
波田 浩之 大松 孝弘 宇佐美 清
日本能率協会マネジメントセンター 2006-09-22

 

 

ちなみに、私自身は新卒で広告会社に就職して、28歳に独立しています。最初は九州で戦略マーケティングプランナーとして働いていました。そこでインサイトに出会いました。そして、どんどん突き詰めるようになり、現在にいたります。

 

[松本] インサイトに出会ったというのは、どういうことですか?

 

[大松] 順を追って説明していきましょうか。九州で働いていたころ、幾つかの単品通販系の企業さんから次のような悩みを聞いていました。

 

「ロジカルに考えれば、メディアの効率を高めることはできることがわかった。次は、クリエイティブの効率だよ。クリエイティブの効率を高めるためにABテスト以外に何かない?そもそもクリエイティブの元のアイデアってどこから出てくるんだろう。もっと効率的にクリエイティブが生まれる方法を考えたいよね」

 

確かにABテストをすればどちらの素材が良いかは分かります。でも、素材そのものが悪ければABテストの意味がありませんよね。どうすれば良い素材を生み出せるだろう?こういう声を聞いて、クリエイティブ開発が自分にとっても課題でした。

 

ちょうどその頃、消費者の隠れたニーズのようなものをベースにクリエイティブを開発していくアカウントプランニングという広告の仕組みが日本に入ってきていた時期でした。当時、いや今でも、日本での第一人者は宇佐美清さんですが、宇佐美さんに「NYではどんな風に進めるのですか?」と聞きに行くなどして勉強しました。そこで、インサイトリサーチの大本のヒントのようなものを得ましたし、それがクリエイティブ開発に活きました。

 

アカウントプランニングの有名な話として米国の「got milk?」キャンペーンを取り上げたいと思います。当時、米国牛乳の消費量が下げ止まらないのに対して、色んな代理店が「牛乳取るとカルシウム取れるから良いですよ」「牛乳飲むと気持ちが和らぐから良いですよ」と機能面や情緒面に訴求した宣伝をしていました。ですが、それでも消費が下げ止まらなかった。

 

でも、あるチームが大成功を収めたんです。何をしたかというと、牛乳を普段飲んでいる人に「牛乳欲しくてたまんない!」という場面を全部書き留めてもらったんです。飢餓テストといって、普段の関与度が低いものをわざと取り外して、本当に求めていることを明らかにする方法ですね。

 

そのテストのコメントには、チョコチップのクッキーを食べて直ぐに「あ、おれ、牛乳飲んじゃいけないんだった!」と気付いて、口の中がモソモソして辛い思いしたーというシチュエーションなどが書かれていたそうです。そういうコメントをたくさん集めて、クリエイティブアイデアにしてるんですね。

 

 


クリエイティブのイメージ例。
(このクリエイティブ自体は研究所で作成しました

 

 

こういうクリエイティブを交通広告で見せるんです。すると「あ、牛乳無いとつらいんだよ!」と気付いて、スーパーに寄って帰る人が続出した。要は、無いと超困るシーンを描いて「got milk?」とやっただけなんですけどね。ものすごく消費者を動かした。

 

アカウントプランニングは消費者への共感と行動を主眼に置いた手法ですが、これってまさにインサイトの発見の分かりやすい例だと思うんですね。

 

 

なぜ「インサイト」は必要なのか?

 

 

[松本] ミルクが必要なシーンが減っているという仮説が面白いですね。この仮説をベースにクリエイティブを作っていくのだと思うのですが、こうしたインサイトはポンポン生まれてくるものなのでしょうか?

 

[大松] インサイトって凄く面倒なんですよ。私はインサイトを「顧客を動かすための隠れた心理」と定義しています。隠れているから普段は見えないし、だから厄介なんですよ。観察したり刺激して動かしたりしないといけない。時間もお金もかかります。面倒ですよ(笑)。

 

[松本] では、どうしてそんな面倒なことをしないといけないんでしょう?インサイトが必要な理由は、ずばり何でしょうか。

 

[大松] 市場が成熟したことに尽きます。みんなが欲しいものが無くなった、顕在化されたニーズが見えなくなったからです。みんな満たされちゃった時代に、人が欲しいものを能動的に作らないといけないから、インサイトの発見が必要になったのです。

 

あのスティーブ・ジョブズも雑誌のインタビューで「フォーカス・グループの結果を受けて製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せられるまで、自分は何が欲しいかわからないものだ」と答えているぐらいです。(※松本注:1998年5月25日号「ビジネスウィーク」誌での発言)

例えば、高度経済成長期の「暑いから、クーラーみたいに部屋を涼しくする機械が欲しいよー」というのは明らかなニーズですよね。欲しいものは明確なので、あとはそれをどう効率的に作るかが経営の鍵を握っていました。課題発見は明確で、仮説構築は不要で、課題解決にみんな目を向けていたわけです。

 

現在、ニーズは殆ど汲み取り終えてしまった。みんなが欲しいものを「問題」から作っていく時代になったわけです。”良い製品をいかに早く作るか大会”から、”製品に作る前に隠れたニーズをいかに見つけるか大会”に移っているんです。

 

嫌消費ってあるじゃないですか。買わないよ、っていう。そうした買う気が無い人に買ってもらうしかない経済状況でもあるわけです。企業が成長を続けるためには、嫌消費世代とも向き合わないといけない。毎日の生活の中で困っていることを10個あげてくださいと聞かれても、まず出ないことに私たちが気付き、それを解決する製品を作り、「あ、これすげー便利だわ」と消費者に気付いて貰わないといけない時代なんです。

 

[松本] つまり、インサイトは課題発見と同義と考えればいいのでしょうか?

 

[大松] それだけではありません。オポチュニティを探す、要は問いを探すフェーズ。そしてオポチュニティがあると分かれば、どういう具体案なら人は満足するのかアイディエーションが必要なフェーズ。この2つに分かれます。課題発見、仮説構築、インサイトはこの2つがセットです。

 

[松本] 仮説構築までが範囲ですか?広いなぁ…。なるほど、確かに楽じゃない(笑)。

 

[大松] 良い感じに顧客を満たしてあげることも大事なんですよ。良いオポチュニティを見つけても「それじゃないでしょ!」ってプロダクトに仕上げてしまうとダメなので。両方を満たす、そこが難しいですけどね。

 

[松本] インサイトって奥が深いですね。大松さんが得意とされているインサイトリサーチとは、そうしたインサイトを発見し、プロダクトに落とし込むまでの調査方法という理解でいいでしょうか?

 

[大松] そういうことですね。

 

[松本] インサイトが必要だと認識しないといけないのはマーケターだけじゃなさそうですね。

「そうだ、星を売ろう」という本を思い出しました。旅行者に満点の星空を見て「感動」する体験をしてもらう企画が誕生するまでの物語です。長野県阿智村の実話がベースの本らしいです。

 

確かに、最近感動してますか?と聞かれれば「してない」と答えますが、何をすれば感動しますか?と聞かれても「星空を見れば」なんて回答は出てきまそうにも無いですね。「映画で」「スポーツで」という回答が上位を占めそうです。そういうインサイトを発見する手法がインサイトリサーチなんですね。

 

 

そうだ、星を売ろう 「売れない時代」の新しいビジネスモデル
永井孝尚
KADOKAWA 2016-04-14

 

 

「お客様の声を聞こう!」はインサイトじゃない?

 

 

[松本] お客様の声を聞きましょうというのと、インサイトを得るというのと何が違うんでしょうか?心理の発見という意味では同じではないでしょうか。

 

[大松] 直接的に答えを求めているかどうかです。分かりやすく言うと「何困ってます?」という質問かどうかです。それでは「星空を見て感動したい」なんて回答は出ないですよね。でも、世の中の調査票を多くはそうした質問をしています。それではインサイトは見つからないです。

 

[松本] マクドナルドのサラダマックの話もそうですよね。アンケートで「健康的な商品があれば行く」という結果が出たけど、実際はそうじゃなかったという。

 

[大松] 2009年の話ですよね。お客様の声を聞けば「サラダ欲しいです!」と皆言いますが、インサイトを覗けば「たまには分厚い食べ応えのあるハンバーガー食べたいよ」と思っているわけです。それをうまくくすぐる様なクォーターパウンダーキャンペーンは大成功しました。

 

インサイトを捉える用語として、”エンジェルマインド”と”デビルマインド”という考え方を提唱しています。キリスト教に「7つの大罪」ってありますよね。人を悪事にしたらしめる欲望です。この欲望を見ていないマーケターが多いんですよ。エンジェルばかり見ている。欲望の無い人間なんていないのに。

 

エンジェル側は「人の役に立ちたい」だったとして、それはそれでありつつも、一方で「人の役に立つ俺って凄いよね」という傲慢さだってあるでしょう。それは両方捉えないといけない。側面だけで評価しまうと、インサイトを見たことにはならないんです。でも、こうした「欲望」を見ないというか、世の中をうがってみる人が少ないのか、デビル側を視ずに評価して実行しがちですよね。

 

[松本] 消費者もアンケートでは良く見られたいので「たまにはガブッと分厚い高カロリーなハンバーガー食べたいでしょ?」と聞かれても「私は健康志向です」と本音を隠すかもかもしれませんしね。最近では、EU離脱選挙の出口調査で似たような傾向を示す事例がありました。

 

[大松] だから、直接的に聞いちゃダメなんです。単なる建前はインサイトと呼べません。

 

 

 

 

[松本] うーん、インサイトの適切な日本語訳って難しいですよね。

 

[大松] 「顧客を動かす隠れた心理」と言っていますが「動く」と「隠れた」が重要です。言葉の定義もさることながら、中身の定義も重要ですよ。新しいオポチュニティが見つかる、アイデアが作れるというビジネス成果に結びつけるために、どういう要件を持っていないといけないのか考えないと「意義のあるインサイト」ってできあがらないと思うんです。

 

 

インサイトの真髄は「事実」を見る目にある

 

 

[松本] そこで聞きたいのは、オポチュニティを見つけた後のアイデア、仮説作りです。どうすれば良い仮説作りができるようになりますか?

 

[大松] それが、まさにインサイトリサーチの真髄なんです。リサーチは筋の良い仮説を探す仮説探索型とそれは当たっているか確認する仮説検証型の2種類に分けられると思っていますが、インサイトリサーチは「仮説探索型」にあたります。詳細はこの前に刊行された本にも書きました。

 

 

マーケティング・リサーチの基本
岸川 茂 JMRX
日本実業出版社 2016-09-29

 

 

では、なぜ筋の良い仮説を探さないといけないのか。そうしないと、その後の検証作業が無駄になるからです。つまらない仮説は、どれだけ検証しても面白くはなりません。「まあまあサラダマックいけそうですよ?」「じゃあいきますか?」みたいな話になります(笑)。

 

[松本] そういう仮説作りは、どうやって作り上げていくものなのでしょう?

 

[大松] 3分類、4観点というフレームをご紹介します。インサイトを発見する要件とでもいいましょうか。まず4観点から。シーン、源泉要因、背景要因、そして情緒です。唯一、情緒だけ主観です。そう思う人もいれば、そう思わない人もいるでしょう。他はファクトです。

 

 

 

 

例えば「お茶漬け」を食べない人がいたとして、その人たちに買ってもらうことが課題だとします。その人たちはなぜ買わないのか?インサイトを調べてみると、一人でお茶漬けを食べるシーンで、カサッカサッという音を聞くと、なんか孤独で寂しい感じがして嫌です、という回答がありました。背景としては個食化というものがあります。家族で棲んでいても1人で食べている割合は増えていますからね。これをフレームに落とし込んでみましょう。

 

 

 

 

これがインサイトの4観点です。これ、どういうアイデアになったかというと、カサッカサッを解消する生タイプのお茶漬けが解決のアイデアになりました。

 

もし、これがお茶漬けを食べない理由が「なんとなく孤独だからじゃないですかね?」という情緒だけだったら「寂しいらしいですよ。お茶漬け食べてSNSで繋がろうキャンペーンとかどうですか」というアイデアになりかねないですよね。でも、これってスベってるんです。だってカサカサが問題なんだから。というか、なぜ寂しいのかに踏み込んでいないから。SNSやったって解決にはならないんですよ。

 

客観的な事実と、そこから生まれた主観。これが仮説を考えるときに重要なんです。どれを欠いても、スベります。

 

 

 

 

もう1つ、価値、不満、未充足という3分類があります。例えばお茶を飲んで感じている良さが価値、不満はさきほどのお茶漬けのりの例、未充足は求めているけど満たされない。この3つの分類で、4観点で仮説を洗い出すと凄く良いアイデアにむすびつく可能性が高いですね。これは13期目の僕らの現段階でいたっている結論です。

 

インサイトを調べるといったら、ある物事の価値・不満・未充足を4観点で調べると同義なんです。

 

[松本] なるほど!ある程度体系立ててインサイトを発見することはできるんですね。

 

[大松] できると思います。もちろん、それを発見するまでのプロセスには、私たち独自の培った手法・テクニックは欠かせませんが。

 

[松本] 良いインサイトと悪いインサイトを分けるのは、事実に紐付くか否かなんでしょうか。

 

[大松] ファクトに紐付いていない、単なる感情や気持ちだけっていうのが悪いインサイトです。ファクトが紐付いていないと適当なアイデアになりがちなんですよね。さっきの、お茶漬けを食べてSNSでつながろうキャンペーン、とかです。

 

心理学の投影法だと、もやっとした感覚から入ってファクトを導き出していくというのがありますね。その逆の手法もあります。エスノグラフィや行動観察です。デジタルマーケティングはファクトから始まるので、こうした手法を参考にすると良いのではないでしょうか。

 

 

デジタルマーケティングで仮説作りを上手くやる方法

 

[松本] デジタルマーケティングは数字で測れるので、数字が全てを物語ります。数字から仮説を立てる、考察をする側面はかなりあるのですが、それだけじゃなく、こうしたインサイトを導くための仮説立てを知ることは大事だと思いました。でも、どうやって、この見る力を養えばいいんでしょうか。

 

[大松] …経験ですかねぇ(笑)。例えば、デジタルマーケティングの数字が出てくるじゃないですか。それってどうしてなんだろう?と3分類4観点で説明できるかを訓練してみると良いのではないでしょうか。

 

[松本] 数字として現われないと、レポートにも現われません。数字にならないのは、あるのですが目には見えないんです。でも見えていないから気付けない。数字に出なかったものを含めて考察することは訓練しないとやはり難しいでしょうか。

 

[大松] 例えば、最近は「若者の◎◎離れ」って聞きますよね。メーカーからしたらとんでもないことなんです。なんでそんなことが起きるの?離れないで!と思いますよね(笑)。

 

なぜ昔より最近の若者はお酒を飲まないんでしょう?という疑問。そこから見えてくる、お酒のイマイチさ、好きでお酒を飲まない理由。それを4観点で分けると、お酒って若者からどう見えているのか?がわかります。無いことをあるものと認識して考えるわけです。センス良く(笑)。

 

これだって起点はデータです。起きていることの因果関係を掘っているわけですね。掘り方のセンスが良ければ、探索型なので何が出てくるかわからないのにお金が発生するわけです。データから解決のシナリオを描く能力。ここが鍛えられると…絶対給料倍になりますよ!

 

[松本] それが本当のデータドリブンな組織、データドリブンな意思決定なのかもしれませんね。データからインサイトを発見して、インサイトから仮説を導く。これは1つの理想像ですよね。

 

[大松] それができるかどうかで、DMPが活きるかどうか変わりますよね。

 

[松本] 全てのマーケターにインサイト能力が備わると何か変わるでしょうか?

 

[大松] ビジネスに対する貢献度が変わるので、案件の単価が変わって、給料も倍になるんじゃないですか?(笑)。それくらい生産性が向上する話ですよね。

 

[松本] 給料倍…!夢のような話ですが、今日いろいろお聞きして、生産性の質的向上に繋がる話だと感じました。夢じゃないです。

 

今日はお時間いただき、ありがとうございました!

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