「日本の生産性は先進国に比べて低い」という数字を疑って見る~1人あたりという罠~

第三次安倍内閣で「働き方改革実現会議」のテーマとして「賃金引き上げと労働生産性の向上」が取り上げられるほど、いま日本の「低い労働生産性」が話題になっています。

また、ここ数ヶ月に間に「生産性」に関する書籍が相次いで出版、文中で日本の労働生産性が低い理由が指摘されており、これがソーシャル上で多くの話題と共感を得ています。

 

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの
伊賀 泰代
ダイヤモンド社 2016-11-26

 

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論
デービッド アトキンソン David Atkinson
東洋経済新報社 2016-12-09

 

ところで、日本の労働生産性は本当に低いのでしょうか。

その数的根拠は何でしょうか。ちょっと気になったので調べてみました。

 

そもそも「労働生産性」とは何か?

認識の統一を図るため、まず労働生産性の定義をハッキリさせます。

 

「生産性」とは一般的には「産出量(アウトプット)÷ 投入量(インプット)」を指します。インプットに対してアウトプットが多いほど生産性が高いことになります。

ただし世間巷で喧騒されている「日本は先進国の中で労働生産性が一番低い!」という文脈における「労働生産性」の定義は、この計算式とは完全イコールではありません。

この数字は、公益財団法人日本生産性本部が毎年12月ごろに発表している「労働生産性の国際比較」を引用しています。

日本生産性本部は、主要先進35カ国で構成されるOECD加盟諸国の「2015年の就業者数(または就業者数×労働時間)1人あたりのGDP」(通称:国民経済生産性)を「労働生産性」と定義し、諸外国と比較した結果を発表しています。

この数字が、日本の生産性は先進国に比べて低いという論拠の支柱です。

以下の図が最新版のデータです。

労働生産性の国際比較2016年版参照(※1)

GDPを各国通貨からドルに換算する際は、変動が大きい実際の為替ではなく、OECDが発表する物価水準の違いなどを調整した購買力平価を用いているようです。

米国は121,187ドルで3位、フランスは100,202ドルで7位、イタリア97,516ドルで10位、ドイツは95,921ドルで12位、カナダ88,518ドルで17位、英国は86,490ドルで18位、日本は74,315ドルで22位。なるほど確かにG7中最下位ですね。

日本を基準に考えると、米国は1.63倍、フランスは1.35倍、イタリアは1.31倍、ドイツは1.29倍、カナダは1.19倍、英国は1.16倍という結果になります。

 

厳密に言えば、国の経済全体の生産性を示したこの「国民経済生産性」と、労働を投入量として労働者1人(1時間)あたりの生産量や付加価値を測る「労働生産性」は異なります

が、経済学で言うところの付加価値とは、一定期間に国内で生み出されたものの総量をGDPと表現するので、ニアリーイコールと捉えられています。詳細はこちらの川上先生の論文に記載があります。

 

「日本の労働生産性は先進諸国中最低」に対する疑問

このグラフに、私は3つの疑問を抱きました。1つ1つ確認していきましょう。

 

アイルランドが1位なのは、1980年代後半に農業が中心だった経済から金融・ITを中心とする経済に切り替えて、人口に大きな変動が無いながらGDPが大きく伸びているからです。

ひたすら外資を受け入れ続けた結果だと言われています。その分、リーマンショックの余波をもろに食らった国家でもあります。

ここ数年の購買力平価GDPは1980年254億ドル、1990年506.6億ドル、2000年1237.4億ドル、2013年2,164.7億ドル、2014年2,389.9億ドル、2015年3,050.4億ドルとその急成長ぶりが伺えますね。(※2)

つまり、その国がどのような経済構造を採択しているかによって、付加価値としてのGDPは1人あたりに換算すると大きく異なるでしょう。

一方で日本はどうでしょうか。日本は均等に発展した国土ではありません。東京のような都会もあれば、飛騨のような鄙びた地方もあります。

一緒に混ぜて「日本人の労働者1人あたり」と表現することに違和感を覚えます。これが疑問その1。それは諸外国との比較も同様です。

 

さらに「1人あたり」と銘打っているので労働者1人1人の生産性の代表値にも思えますが、実質的は総量とそれを積み上げた個数で算出した、言わば「平均」に過ぎません

つまり特定の集団はおろか、誰一人としても働いた結果としての生産性が評価された数字では無いのです。あくまで、マクロ経済の数字で生産性を表現しているのです。

平均貯蓄や平均収入と同様に、異常値が紛れ込みやすい数字で「平均」を用いることに強い疑義を感じています。これが疑問その2。

本来であれば「1人あたりの生産性の中央値」を出せれば良いのですが、あくまでバーチャルに算出しているのでそれはできません。そんな数字をどこまで信用できるでしょうか。

 

このグラフ、よく見ると他にも違和感があります。

失業率が20%を超えているギリシャやスペインですら日本の1人あたり生産性を上回っているのは、分母である「労働者」の数の調整が入っているからではないでしょうか。

他にも、殆どの国がGDPの算出方法を2008SNAに基づいて算出しているのに、日本は2016年末に対応するため未だ旧基準である1993SNAに基づいて算出しています。したがってGDPは5%程度低く現れているはずです。

そもそも算出基準が違う数字で比較することにも違和感を覚えます。これが疑問その3。

 

日本の生産性が低いと言う割には、様々な前提条件や注意書きを必要とする数字に見えます。

疑問を解決するため、もう少し詳しく調べてみることにしましょう。

 

都道府県単位の「生産性」は?

日本国全体の総生産を表すのにGDPがあるのに対して、都道府県単位の総生産を表すのが県民経済計算です。

ちなみに理屈上は県民経済計算の合計がGDPにあたりますが、都道府県間の取引は把握が困難なため、名目ベースで1%程度の誤差があると言われています。実質だと数%になるでしょうか。

とはいえ、大枠で違いは無いと思いますので、この数字を使って話を進めたいと思います。

果たして都道府県単位に見て、1人あたりの生産性に違いはあるのでしょうか?

 

都道府県単位の平成25年度版県民経済計算【生産側、実質】(※3)を、平成25年度版県内就業者数(※3)で割ってみましょう。それが都道府県単位の労働者1人あたりの生産性にあたります。

結果は以下の通りです。

都道府県単位で見た1人あたり生産性

赤い棒が、県平均を表しています。一番左端の東京都が突出して高く、一番右端の沖縄県が突出して低いことが分かります。沖縄県を基準に考えると東京都は約1.85倍の労働生産性です。

東京人は沖縄人の1.85倍生産性が違うか?と聞かれれば、そりゃ産業構造が違うからなぁ、と当然思うでしょう。

 

そこで、東京と沖縄の経済活動別県民経済計算(※3)の内訳を100%棒グラフで見てみましょう。データが無いので、3年分さかのぼって平成22年分のデータです。この3年で産業構造に変化が無い前提になります。

東京都と沖縄県の経済活動別県民経済計算

建設業、卸売・小売業、金融・保険業、情報通信業、政府サービス生産者業それぞれで比率が2倍以上も異なります。

それでは経済活動別の「1人あたり生産性」を求めてみましょう。都道府県別の産業ごとの就業者人口は平成22年国勢調査(※4)を参考にしています。

ちなみに、国勢調査の産業区分と、経済活動区分が連動していなかったので、同じと認識できる12業種に限定して算出しています。

産業別比較

経済活動単位で見ると1人あたりの生産性が違うことはなんとなーく分かっていました。が、結構違いますね。

また、都道府県単位で見ても違いがありました。

東京都の「金融・保険業」と沖縄県の「金融・保険業」は、同じ業種でも仕事内容が違うのか?それとも本当に1人あたりの生産性が違うのか?

恐らくは前者でしょう。

 

このように「諸外国と比べて低い労働生産性」と一口に言っても、都道府県単位・活動単位で見れば大きく傾向が異なることが分かります。

最低でも活動単位で生産性を測り、各都道府県単位で評価した際のバラツキは考慮した方が良いでしょう。

これは海外との比較も同様です。米国では商務省経済分析局が州内総生産を算出しているそうで、この数字も用いるべきではないでしょうか。

 

さて、ここからが本題ですが、都道府県単位で見て、かつ経済産業別で見て、ここまでバラつきの出る指標を、無理やり国単位にまとめて、かつ全ての業種にまとめて比較することに何の意味があるでしょうか

間違った数字で、正しいことを考えることに意味は無いと思います。

 

なぜ「労働生産性」は大事なのか?を考える

ところで、なぜ「労働生産性」を向上させることが大事なのでしょうか。

GDPとはすなわち一国の豊かさを表しています。その数が増えれば増えるほど国は富みます。だから日本のような人口が増えない国家は労働生産性を上げることは大事なのだと言われています。

三面等価の原則が示す通り、分配の面から考えた「雇用者報酬」も大事な点です。以下のように、GDPと1人あたりのincomeは基本的に強く相関しあう関係にあります。

成人1人あたりincomeとGDP

このデータは『The World Wealth and Income Database』を参照しています。このサイトは「21世紀の資本」で有名なトマ・ピケティが監修して、所得と富の時系列データを扱っています。

# データをSHAREできる機能があるようなのですが、不具合で公開しようとするとエラーになるのでキャプチャを貼りました。正しくはコチラを参照してください。

GDPが増えるというのは、国が富み、民が富むことだと言えます。労働生産性が上がることは、所得が増えることと関係していると言ってもいいのではないでしょうか

所得が増えるからGDPが伸びるのか、GDPが伸びたから所得が増えるのか、その因果関係は分かりませんが・・・。利益が増えた分が給料に反映されるならばGDP伸びる⇒所得が増えるだと推察されます。

 

ただし、昨今のピケティブームにあったように、多くの富と所得が一部の人間に集中し過ぎていることは有名な話です。

もし特定の人間に所得が集中しているなら、その人間も含めて「1人あたりの労働生産性」を求めるのは間違っていると思うのは私だけでしょうか。「異常値」として取り除いて計算するべきではないでしょうか。

そこで最後に超乱暴な議論ですが、GDPを用いた1人あたりの労働生産性を、1人あたりのincomeと同義だと置き換えて、超富裕層を除いた1人あたりのincomeを調べてみたいと思います。

 

データは先ほどと同じく『The World Wealth and Income Database』を参照します。

このサイトで、日本、アメリカ、フランス、ドイツ各国の成人1人あたりの所得(ドルで統一)、さらに成人に対する所得上位10%及び1%シェアが公表されています。このデータを使いましょう。

さらに、それぞれの人口、成人人口も公開されているので、それらの数字を掛け合わせて、人口に対する所得下位90%の総量に対して、成人人口の90%を割ってみました。(英国は成人人口の公開が無かったため除外しています)

その結果が以下の通りです。(※ドイツは2001年までデータ発表が3年に1回だったので連続している値になります。)

2シート目には、所得上位1%の総量に対して成人人口の1%を割った結果を掲載しています。

 

BOTTOM90%を見ると、各国この15年くらいincome伸びていないことが分かります。日本にいたっては、1997年をピークに減っています。

一方、TOP1%を見ると米国すげーとなりますね。1990年前半から米国だけ突出し続けています。

 

ただし、この表は成人人口で割っていますが、労働者人口ではありません。なので、失業率や家事従事者などを考慮すると、数字が変化しそうです。

日本においては特に顕著に労働者人口が正規・非正規に分かれますが、それによって所得も異なりそうです。出来れば正社員のみに絞りたいところ・・・。

そのためのデータを探したのですが、完全失業率だけでは精緻な労働者人口の算出には繋がらないので以降の分析を断念しました。先述した疑問3を解決することはできませんでした。

 

日本が22,682ドル、アメリカは35,608ドルで1.57倍、フランスは33,352ドルで1.47倍、ドイツは29,380ドルで1.30倍です。米国との距離は縮まりましたが、フランスやドイツとは変わらずですね。

この数字をもってして「1人あたりの所得を増やす(労働生産性を上げる)にはどうしたらいいか?」と聞かれれば、皆さんも少しは腹落ちするのではないでしょうか。(こら、最初と同じ結論とか言わない!)

労働生産性を巡る議論は「BOTTOM90%の所得を増やすにはどうしたら良いか?」という観点で議論をしても良いのではないでしょうか。

そのための施策として、例えば分母を増やすなら「誰もが働きやすい社会を推進する」=育児保育や学童保育の拡充、正社員の定義の拡張、労働時間の見直しなど厚生労働省分野の法律の改正、分子を増やすなら「給料を上げる」=法人減税、給与に掛かる税の見直しなど経済産業省及び財務省分野の法律の改正を行うべきではないでしょうか。

 

ところで、公益財団法人日本生産性本部という団体は旧経産省所管で、経団連と連合と学者と役人が一緒になってワイワイやっている組織なのですが、誰が、どういう目的で数字を発表しているか調べてずに、数字だけが先行して広まっていることを強く懸念します、という言葉で本論考を〆たいと思います。

 

「生産性を上げる」ための政策として考えるべきは?

物凄く単純に考えると、金持ちを増やせば、国における1人あたりの労働生産性は上昇するようです。金持ちが平均を押し上げてくれるからです。

したがってアイルランドやルクセンブルクのように金融センター化しても良いでしょう。

しかし、「生産性を上げたい」とはそういうことではないはずです。民が富んで、国も富む。そんな世の中であるべきではないでしょうか

都会には都会に合った、地方には地方に合った生産性の向上の仕方があるでしょう。

こうした背景を無視した「日本は生産性が低い!」という議論に、私は違和感を抱かずにはいられません。それは散々忌み嫌われた地方の東京化ではないでしょうか?

 

今回のようなデータジャーナリズムを扱った本を出しています

というわけで、今回のようなデータジャーナリズムも扱っている本を出版しております。

グラフをつくる前に読む本 一瞬で伝わる表現はどのように生まれたのか

松本 健太郎

 

メインのお題は「グラフの書き方、作り方、読み方」です。

グラフの装飾方法などのテクニック論じゃなく、グラフという本質に迫った1冊です。この本さえあれば、テクニック論の本はそんなに要らないと思います。

付録として、グラフの書き方、作り方、読み方にそってデータジャーナリズムについて挑戦しています。

良かったらお近くの書店にて手にとってみてください!

 

<参考文献>
※1:http://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2016.pdf
※2:http://www.imf.org/external/ns/cs.aspx?id=28
※3:http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kenmin/files/contents/main_h25.html
※4:http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001039448

日米産業別労働生産性水準比較:http://www.jpc-net.jp/study/sd2.pdf
国民総所得(GNI)と「10年後に150万円増」等の解説:http://www.dir.co.jp/research/report/place/indicator/20130619_007324.pdf

Written by